【はしご酒】「恨めしや〜」な妻と私ハズバンドの哀愁はしご酒。「サカグチ」→「おでん屋 四ッ谷店」篇。

【はしご酒】「恨めしや〜」な妻と私ハズバンドの哀愁はしご酒。「サカグチ」→「おでん屋 四ッ谷店」篇。
5,133 views

「うらめしやあ。今宵はお岩さんの物語『四谷怪談』の四ッ谷だよ……」そう言いながら、大トラワイフが四ッ谷見附橋のたもとに立っていた。こんな小太り体型のおもしろい幽霊もなかなかいない。

夜からスタート

からスタート

今宵はお岩さんの物語、四谷怪談の「四ッ谷」

今宵はお岩さんの物語、四谷怪談の「四ッ谷」
四ツ谷駅

四ッ谷は中央線と丸ノ内線、南北線が乗り入れるターミナル駅。大学ありオフィスあり、チェーン店も多い今やビッグなシティだけど一本大通りを外れると意外な夜城があるのだよ〜。

老舗の酒屋さんに新星★おしゃれワインバル。 「ワインバル サカグチ」

老舗の酒屋さんに新星★おしゃれワインバル。 「ワインバル サカグチ」
ワインバル サカグチ

ワイフが「かつて仕事の取引先がこの町にあってプレゼンが通った日は、明るい時間から酒屋の角打ちでホッピーを飲むのが楽しみだった。華はないがこぢんまりとした空間はまさに穴場中の穴場」と言う。まるで行きつけのような言い方だが、ワイフの企画が通るのは3年に一度くらいのものだ。界隈では老舗の酒屋「坂口」が2階を解放し日本酒や焼酎の立飲みを始めると、たちまち界隈のサラリーマンの癒しのオアシスとなったらしい。

「今日は深酒はしないよ。だって明日はワールドカップだもの。友達と集まってサッカー観戦するんだ」と僕はいつになく毅然と言った。ふうん。と妻はボキの横顔とちらりと見た。内心僕は動揺する。ちいさな嘘がそこにあった。友達とはなんと都合のいい響きだろう。もちろん高校時代のサッカー仲間と集まるのだが、麻生久美子似のあの子もやって来る。うひひひ。麻生久美子はボキのタイプのど真ん中なのだ。数ヶ月前にフットサルサークルで会ってから、Facebookでお友達申請があり、間髪入れずに承認&「ありがとう」メッセージを送ったところ、「LINEやってます?」と返事が来て以来、久美子チャンとのやりとりが一服の清涼剤になっているのダ。そんなことを思い出しうっかりにやつくボキの横で、ワイフが「えええ!」と驚きの声を上げたのでちびりそうになった。

店が、店が変わってるうよお! とワイフ。厳密には2階の角打ちであるスタンドバーはそのままに、一階の酒屋スペースが去年春からバルに生まれ変わっていた。吸い寄せられるように中に入る妻。「いらっしゃいませ」と爽やかに迎える男子。赤を基調とした店内にはオシャレなカウンターに、イタリア製の生ハムカットマシーンでは、切り立てのハムがピンク色の旨そうなオーラを放っている。カウンターに内蔵された引き出しにはカトラリー一式。

そして冷蔵ケースには、魚介や野菜のタパスの大皿と素晴らしい断面美のサラミたち。

「2階のホッピー立飲みはいいの」と僕が聞くと、「何事も魅力的なのはニューフェイスだ」と、カウンター席に陣取った。ニューフェイスはボキにとっては久美子チャンだ。店内にはテーブル席もあり何人かのグループ客が卓を囲みワインをボトルごと頼んでいる。皆イタリアーノ風に粋な男女に見えてくる。分厚いワインリストをきょどきょどとめくるワイフだけが挙動不審だ。

黒板には本日のおすすめワイン。なんとフランス産のグラスワインも300円で飲めるではないか。ワイフがボキを連れてく店は渋い縄のれんが多い。こんなシャレオツスポットを開拓できるなんて今日はラッキーだ。すかさずボキの脳裏にはワイン好きという久美子チャンの笑顔が浮かんだ。トマトサラダは、色とりどりのプチトマトににんにく入りのドレッシング。甘いの、すっぱいの、トマトだけで飽きることはない。ワイフが「シラーはあるかしら〜?」と駄洒落ながら聞く。おやじギャグかよ。シラーはボキが教えたぶどうの品種だ。それ以外は覚えられないらしく「シラー党」を貫いている。

エレガントなアニキが「ちょうど昨日シラー系が全部でちゃって、軽めのものに変えるタイミングなんです。今は残念ながらシラーに似た重めのワインもないんですよ」。誠実な人だ。ワイフの中でも一気に彼の好感度が上がったよう。「じゃあ、ジャパンプレミアムマスカットベリーAっていうのはどんなです?」。シラーと真逆、妻好みではないフルーティな薫りの「ライトボディ」の国産だが、「どのへんがプレミアムなんですかね」などと質問し一通りアニキを困らせたところで、それを注文している。ワイフに「し好」という価値観はない。面白そうなのが勝ち、という永遠の小二病だ。

料理は切り立てのハム300円やアサリと生ハムのトマト煮380円、釜で焼き上げられるピザもある。「娼婦のピザ」(780円)は、その昔イタリアの娼婦たちが体とともにツナをのせたピザも一緒に売っていた逸話に由来するとアニキの一人が説明してくれた。ふとポケットの中でスマフォが震えた。お! 久美子チャンからLINEだ。『明日のサッカー観戦、楽しみにしてます』。ウサギがハートを抱えているスタンプ付きだ〜♡

引き続き「初めて会った時から思ってたんですけど、『北の国から』の純に似てますよね。だからかな。なんでも相談出来そうな雰囲気〜★」。ひやっほ〜〜〜。うきうきしちゃうね、わくわくボーイだね。妻がトイレに行った隙に返信を書こうとしたが、かっちょいい言葉を考えてるうちに戻ってきてしまった。もっとねばれよ! 慌てたせいで、間違ってお化けのスタンプを送ってしまったではないか。

そんなボキの桃色ハートに気づく様子もなく、ワイフは赤ワインですっかりエンジンが始動し始めたようだ。バルを満喫すると、店のアニキたちにこれ以上ないというスマイルを作りごちそうさま!と元気良く新宿街道へ飛び出した。この人と、はぐれたい。心底今夜はそう思う。ボキは夜の町をひとり歩きながら恋の予感に集中したかった。

時代を駆け抜けたおでん屋台をビルの地下で囲むのダ 「おでん屋 四ッ谷店」

時代を駆け抜けたおでん屋台をビルの地下で囲むのダ 「おでん屋 四ッ谷店」
おでん屋 四ツ谷店

ワイフが後ろも振り向かずに潜って行ったのは、飲屋街「しんみち通り」の薄暗いビルの地下。おそるおそる赤提灯の階段を降りて行くと、そこには奇妙な光景が広がっていた。小さな部屋の中に浮かび上がるのは三つの屋台。タイヤ付きの本物の屋台がありおでんが湯気をあげ、取り囲むように置かれた椅子はサラリーマンで7割方埋まっている。

地下にこの店が出来たのは16年前。中国出身で都内の大学に通っているという可愛いめがね女子が、舌足らずな言葉で注文を聞く。

「生ビールは、夏の間はずーっと半額の250円デスヨ」。おでん鍋を覗き込みながら、はんぺんや大根、こんにゃく、ロールキャベツなどを頼む。大体が200円から300円だ。おでんの相場はわからないが、僕世代では、おでん屋台はドラマの世界のものだ。町でラーメン屋台は見かけてもおでん屋台を見ることは滅多にない。聞けば、なんと店主のおじいちゃんは長年、もともとこの町で屋台を引いていたらしい。いっときは中央線界隈でも屋台を出していたそうだ。

町を練り歩いた三台の屋台を解体し地下に運んで、もう一度組み立ててこのミラクルな「アンダー・ザ・ビルおでん屋台」を作り上げたらしい。

ビールを立て続けにお替わりし、出汁のしみたおでんを食べた。小粋なバルといぶし銀の屋台酒場。おとなの男として押さえておきたい素晴らしい両極の名所ではないか。妻がまたトイレに立った瞬間に、ボキはそそくさとスマフォを取り出した。久美子チャンに『サッカー、日本が勝つといいね! By純。なんちゃって。僕で良かったら何でも相談してくださいな〜』と素早く送った。ふと屋台がジジジと静かに振動した。彼女から返信?!と思ったら、震えていたのはワイフの携帯である。『来週銀座にオープンするビストロのレセプションに一緒に行きませんか? せんべろ酒場を語るなら一流の味も知っておかねばなりませんよ』……見るつもりはなかった。ボキはそんな卑怯な男ではない。しかし浮き足立っている己の後ろめたさから、無意識に緑色に浮き上がるショートメールを凝視していたんだ……。送信者を見ると「長塚京三くりそつおじさん♡」とあった。ワイフはニックネームで登録する癖があった。なんだこれは……。

中国人のお姉さんがにこにこと、「おすすめはピリ辛の“スタミナ”デスヨ。辛くて元気が出マスヨ〜」と声をかけてくる。ボキの顔が青ざめていたのだろうか。「うんと辛いの一つください、あとタコの唐揚げ(400円)、それからビールお替わり!」と叫んだ。今朝ネットのニュースで、『不倫妻、“罪悪感感じない”が90%』という記事にまさか〜と笑っていたじぶんはなんてのんきな男だったんだろう。白か黒か果たして。

ボキは学生時代、広告の世界に憧れていた。今から20年前のCM「サントリーオールド」で長塚京三が部下の女のコから「課長の背中を見るの、好きなんです」と言われる名作を今も覚えている。そのCMを思い出しながら、“スタミナ”を一気にほおばった。ゴマと唐辛子が入った練り物は思った以上にあつあつで舌をやけどした。そう、その名作CMのコピーは……「恋は遠い日の花火ではない。OLD IS NEW」。

トイレから戻ってきたワイフは化粧直しをしていた。思えば近頃メイクが変わった気もする。家ではボキに「妖怪酒なめずり」という異名をつけられ、色気のかけらもない言動で日々物の怪のように暮らしているが、外ではまさかおんなの顔を持っているのかしら。誰だ誰だ誰だア! 長塚京三クリソツオヤジって……。

聞けなかった。「夏のおでんも美味しいね。牛すじがお口でとろけるよ〜」と微笑むワイフがはたと自分の携帯を見る。その横顔をボキは注意深く観察する。「あ、キョーゾーからメールだ…」妻がつぶやく。「ん? どした? キョーゾーってだあれ」平静を装いながらタコの唐揚げを食べる。大好物の揚げ物だが今は味がよくわからない。「別に」と言うと妻は、携帯を鞄にしまった。店はほぼ満席だ。皆、おでん目当てというよりも、この薄明かりの屋台を囲む昭和劇場を求めて来ているのだろう。僕は悶々としながらもう飲めないビールのジョッキを握る。……待てよ。謎のキョーゾーおやじの出現は好都合なんじゃないの? ボキが久美子チャンと淡い恋のようなものをエンジョイするには妻がおじさんデイトくらいしていたほうがいいんじゃないの……。ちがう、そんなんなんかちぎゃうよ! ボキらしくないよね!

「『恋は遠い日の花火ではない』……」ボキは酔いが回り思わず声に出していた。おや? という顔のワイフ。「わたしもあのCM、好きだったよ。ユー良く知ってるな」。ワイフはボキより年上だ。思い出のドラマもバラエティ番組も流行歌も微妙に違う。年下のボキが知らないことがあると、いつもワイフは嬉しそうにけたけた笑う。そしてこのおでん屋のスピーカーから流れる曲は70年代から80年代の歌謡曲しばり。完全にワイフ寄りだ。「そう。恋は遠い日の花火なんかじゃあない。おじさんにとってもわしらにとっても、だ」妻がビールの泡を口の回りにつけて言う。身構えた。「よそ見してると泣きを見るのはユーだぜ……!」とワイフ。何よ何よ、そっちこそなんなんだよお!

エピローグ

エピローグ
四ツ谷駅

店を出て歩きながら妻が言った。「あのCM、長塚京三の他に大女優田中裕子バージョンがあるのを知ってるか。田中裕子のお弁当屋さんに毎日やってくる客の青年が、彼女に言うんだ。『(通う理由は)弁当だけじゃ……ないから』ってな」。ボキは心の底から押し黙った。怖い。何かがものすごく怖い。 スマフォがぶるぶるした。こ、このタイミングに久美子チャンだ……! 『ゴメンナサイ。明日のサッカー観戦、やっぱ行けなくなっちゃいました(><)。恋の相談とかしようと思ってたんだけど、なんとその意中の彼と今から会うことに♥♥♥ LOVEのキックオフ…かも』

ボキは四ッ谷の交差点で文字通り、ずっこけた。「今夜は早寝すんだろ」と夜の町をぶんぶん進むワイフの後ろをよろよろ追った。「ね、明日ユーも一緒にサッカー観ようよ、どうどう?」「お岩は一人、一球入魂のサムライたちに熱いエールを送る所存」。ボキの“お岩さん”が暗がりの中でゆっくりと振り返った。どろどろどろ〜ん。世にも恐ろしいシルエットだ。「じゃじゃあ聞くけどキョーゾーさんって誰なんだよう……」ものすごく小さな声でつぶやいたつもりだったが、ワイフはまるで鬼の首でも取ったかのように夜空に向かってかかかかと笑った。「さては御主、見たな。そしてジェラスィ〜なんだな!」。妻はくのくのくの〜とボキの頭をぐりぐりしながら、「よしウィスキーを買って帰ろう。明日のザックジャパンの健闘を祈りうちで呑み直しだ」。 OLD IS NEW。「キョーゾーさん」とは、妻がその昔毛嫌いしていた新聞社のアラ還おじさんだった。今だからわかる古参おやじの深い味わい。反抗期を経てご指導ご鞭撻を乞うてるところ、なのだそうだ。

Finish! Nice outing!

このコースが気に入ったら「いいね!」してね!

Guide

ガイド

「ここ行きたい!」
おでかけスポットをSNSで
毎日動画配信します!

SNSで動画配信中!
Page Top
朝が楽しい!勝浦観光